【フォックスアンブレラズ】雨は、楽しむもの
圧倒的な歴史に裏打ちされたFOX UMBRELLAS / フォックスアンブレラズ。1868年、ヴィクトリア朝の時代にトーマス・フォックスがロンドンの金融街シティに設立。世界で最も有名なアンブレラ・ブランドです。今回はそんなフォックスアンブレラズに迫ります。時代が変わりゆく中で、常にトップブランドとして走り続けるフォックスアンブレラズは、創業以来熟練の職人が手作業により一本ずつ丁寧に仕上げています。現在もロンドンの郊外にある本社工場にて木型による生地の裁断、ミシンでの縫製、フレームの組み立て、天然素材を使用したハンドルの加工まで、全ての工程を昔からの製法を受け継ぐ職人の手作業と旧式機械によって行っています。
その歴史が物語るクオリティで、今でもなお英国製ハンドメイド傘として世界中から熱い支持を得ています。元々ラテン語の影を意味する「アンブラ」から転じたのが「アンブレラ(傘)」という言葉。影を意味していたように、日傘が傘のはじまりとも言われています。その歴史は紀元前1000年のエジプトにまで遡ります。権力者が従事者に差し掛けさせ、自身の威光を大衆に示していたと言われています。この傘というアイテムがヨーロッパへ伝わってもなお、それは「富」の象徴であり、また格調高い女性の持ち物として使われていました。現在の「雨具」として傘を確立したのが、イギリスの哲学者でもあり、貿易を通じて世界中を旅していたジョナス・ハンウェイという一人の男。様々な国を訪れる中で、パリの街並みで見た雨の日に傘を差す人々の姿に興味を持ち、独自の傘を考案。その傘とは油を染み込ませた雨用の傘。その傘を差しながらロンドンの街を歩く姿は、世間からは変人として扱われ、「女々しい奴」、馬車すら使えない「貧乏な紳士」と揶揄されていました。更に馬車の持ち主、それを生業とする人々からは、雨の日に傘を差すという行為をしているハンウェイの行動は死活問題であり、批判の声も多くありました。1700年代中盤の事です。ハンウェイの存命中には叶わなかった「雨具」としての傘の普及。18世紀に入ると現在でも続いている名だたる傘のブランドが創業を始めます。そのような状況の中で、現在のような実用性のある傘の形へと進化していきます。しかしながら当時の傘はクジラの骨で作った10本の骨組に、シルクかコットンの生地で作ったものでした。ハンウェイが作ったものより小型にはなりましたが、まだまだかさばる代物でした。フォックスアンブレラズがロンドンの金融街シティにトーマス・フォックスが設立したのが1868年。日本では江戸から明治へと移り変わる、まさに転換期を迎えていた頃でした。それから12年後、ディクソン家へフォックス社の経営権が渡り、まったく新しいイノベーションが生まれることになります。生産工場を所有していたサミュエル・ディクソン氏は、長年のワイヤー加工で得た高い技術力を応用し、スチールフレームを開発しました。その後実用的なU字断面のスチールフレームへと改良し、量産化に成功します。
1947年頃の第二次世界大戦時に小型パラシュートの製作をしていたフォックスアンブレラズは、その残反でもある「ナイロン」を使用した世界で初となる化学繊維を用いた傘を開発しました。改良版のU字スチールフレームに加え、ナイロンによるファブリックはより軽量に、そしてより細くスリムなデザインを体現。まさに現代の傘のパイオニアとして認知され、今もなお英国紳士や世界中のセレブリティに愛されるアイテムとなっています。
話は少し戻ります。記録はありませんが、明治時代には既に日本にフォックスアンブレラズの傘が登場していたとされています。富国強兵を掲げる当時の日本にとって、英国ファッションを取り入れるのは想像に難くなく、自然と受け入れることが出来たとされています。大正6年には商標登録もされており、日本という国は重要な傘のマーケットであり、1998年頃まで老舗の商社が代理店となりフォックスアンブレラズの輸入を行っていました。
時代が変わっても愛され続けるフォックスアンブレラズは、価値を失わず、その美しいデザインで多くの人を魅了しています。是非ともワードローブに取り入れてみてはいかがでしょうか。